C.フッド教授の会見録

農林水産政策研究所No.105(平成18年2月)英国における複数年度予算制度に関する調査報告(PDF:563KB)」より、NPMという言葉の生みの親であるCフッド教授の会見録部分(p.8-13)を備忘録して引用しておく。

問1 NPM の要素をどのように考えているのか。
答 New Public Management という言葉を1 つの概念としてまとめることはできないと思うが、この言葉を 最初に考えたのは確かに自分であり、1989 年*1のことであった。なぜかというと、その当時、いろいろなところでいろいろなリフォームが行われており、その中に似ている要素があったので、それを説明する言葉が必要だと思ってNewPublic Management(NPM)という言葉を作った。それまでは、サッチャーリズムと言ったり、他のリーダーの個人の名前を出したりしていたが、これは個人やその人の属している政党の考えているリフォームではなく、もっと大きな意味があると思った。それをまとめる言葉としてNew Public Management という言葉が必要であった。いろいろな国において、政府のマネージメントレベルでの変化が必要とされていた。その中で自分が一番大事だと考えているのは、マネージャーレベルの人達に決定権を与え、それによってその人達に直接結果への責任を持たせることで、これが政府のマネージメントにおける本来の目的だったはずだし、これが一番重要なことであるはずである。それに対して、しかし、どこの国もまだ完全にそういうことが行われているわけではないし、リフォームが終わったわけではないし、ましてこの国(英国)では全然終わっていないので、それがなされたかというと、難しいところがある。一番重要なのは、そういうことで、それが最終的な目的だったはずである。
ではどういうふうに発展したかというと、多くの国で、パブリックセクターの仕事に対して、(アウトカム)ターゲット(目標)を設定し、それに対してアウトプット・インディケーター(指標)を使うということが確立し、強調されるようになってきた。
もうひとつは、アメリカ、イギリス、オーストラリアにおいて、パブリックセクターのマネージャーレベルの人達の仕事をもう少しリラックスさせようとする試みがあった。すなわち、そういう人達が持っていた部下達に対する給与決定(これらの国々では、マネージャーが部下の給与を決める権限を持っていた)や仕事の管理に対するルールや責任を弱め、自身についてもターゲットに対してどのようなパフォーマンスをしたかによって判断する方法に変える方がいいのではないか、という方向でこの試みが行われた。

問2 権限委譲に一番注目したということか。
答 ひとつの研究結果として、10 年前、ドナルド・サボア教授が、サッチャー(イギリス)、レーガンアメリカ)、マルルーニ(カナダ)という3 人の指導者の行っている政治を比べた比較論文があるが、この論文においては、「実際に業務を行う人達(マネージャー)に権限を与えるが、その責任もとらせよう」と言っている。

問3 日本では「市場原理の導入」がNPM の根幹のような議論もあるが、どう思うか。
答 この原理の使い方は一つではなく,現在は人によって様々な用い方をされているが,その主たる特徴は,公共サービスの運営方法を変革しようとする試みだと言えるだろう。これを広義に民営化やアウトソーシングとして捉える人もいるが,私個人はそれが主たる特徴だとは考えていない。

問4 各国のNPM をどうとらえているか。
答 クリストファー・ポリット(Christpher Politt)教授とギールト・ブーカールト(Geert Bouckaert)教授が、15 カ国において行われている改革を比較し、公正な見方で表している論文*2があるので、それが一番よい参考になるだろう。
今行われているビューロクラシーを変更させようというのは難しいことである。ドイツは、連邦レベルではほとんど行われていない。アメリカも、言っているほど行われているわけではなく、連邦レベルではやっていないようなものである。ニュージーランドは、基本的には80 年代に一番リフォームを行った国で、いろいろなコントロールを下のレベルの人達に渡しているが、そう言いながら権限が結構中心に残っていたりして、下のレベルの人達の権限を制限するようになっている。フランスは、ほとんどやっていない。カナダも、ほとんどやっていない。オーストラリアは、ステートレベルでもコモンウエルスレベルでも、他の国に比べればやっている。英国は、気が狂ったような激しい動きをしている。自由を与えたかと思えば、労働党政権はすぐにそれをとってしまっている。80 年代には非常に多くの努力をして、多分一番最初にパフォーマンス・メジャーを作り出した。90 年代にはエージェンシーを設定して、そこで(アウトカム)ターゲットを設定し、(アウトプット)インディケーターを作った。2000 年には、それをさらに国の省レベルに発展させている。確かにいろいろなことをやっている国である。このリフォームのインパクトがどのようなものであったかは、前述の本で見るのがよいだろう。

問5 カナダはほとんどやっていないとのことだが、もう少し詳しくお話しいただきたい。
答 行われていないと言ったのは、マネージャーレベルの変化がオーストラリアなどと比べるとほとんど行われていないからである。結構話はされており、実際に変化があったかと言えば、ほとんどなされていない。州レベルでどうかということは、自分にはよくわからない。ただ財政面の改革はめざましいものがあったと言えるだろう。

問6 NPM とは、財政改革に伴って行われている行政改革と思っているが、どうか。
答 自分の考え方は「NPM は行政改革である」というものであるが、現在はいろいろな意味をもっているので、そういう風に考える人もいるだろう。

問7 NPM はもう終わったという人もいるが、どういう状態になれば終わったと言えるのか。比較的早く改革が成し遂げられた国では、もう終わったと理解していいのか。
答 NPM の一番中心になる考え方は、Public Servant に自分達の仕事をAccountable にさせることである。それは、彼等がどのようなアウトプットを実現できるかを計る、というところにあったはずである。この視点からは、どこの国もまだ全然終わりに近づいていない。もうひとつ、マネージャーレベルの人達にもう少し決定権を与えるというのが中心的な考え方であったはずであるが、これはアメリカでは全然行われていないし、イギリスでは多少は行われているものの、制限付きになっている。こういった基本的なところで見ていけば、このリフォームはまだ終わりに近づいてはいない。
このことについて、アメリカのローレンス・ジョーンズ(Lawrence R Jones)とフレッド・トンプソン(Fred Thompson)の2 人が書いたいい資料*3がある。これは、クリントン大統領時代に国防省で行われた改革についてのものである。マネージャーレベルの人達に自由(判断権と決定権)を与え、それが実際にどのように行われたかを調べたもので、アイデアは良かったのだが、実際のプラクティスでは、これが全然なされていなかった、とのことであった。

問8 日本では「小さな政府」ということが言われているが、NPM で目指す「小さな政府」とはどのようにものと考えているか。
答 1980 年代にNPM という言葉が出てきた頃には、公共のサービスに対する財源的なプレッシャーが大きかったため、サイズを制限して構造自体をリフォームしようという動きがあったことは間違いないし、最初の頃に「小さな政府」が頭にあったことは事実である。
しかしその後、財源的なものだけに注目するのではなく、例えば、学校がどのような教育を行っているか、ヘルスサービスの効率はどうなっているのか、といったような、最終的に品質(Quality)がどうなっているのかを重要視注目するという動きが起こった。

問9「小さな政府」という考えから、政府の役割を見定め、きちんとやるべきことをやらなければならない、というようになってきた、と考えてよいか。
答 大まかに言えば、そのとおりである。最初は、財政面のプレッシャーが大きかったから、サイズを小さくするというプレッシャーがあったが、それだけではなかったのだと思う。なかったからこそ、後で品質に関しても注目が集まったということではないだろうか。品質に対するプレッシャーも強かった、ということである。その後、各国のパブリックサービスのランキングが出てきた。例えば、学校に関しては文盲率がどうかとか、プライムレート(犯罪率)はどうか、といったようなことについて、インディケーターが出来てきた。とくにここ15〜20 年は、質を高める、ということが注目され、現在では、イギリスの15 歳までの子供達が他の国の同年代の子供達に比べてどのくらいのレベルであるか、を確認するインディケーターが出てきていて、質を改善すると言うこともインターナショナルなレベルになってきている。

問10 今後の方向、目指す姿は、公の分野で官が果たすべき役割を明確にし、官がそれに向かって進んでいくため課長クラスの人が与えられた責任を果たす、ということか。
答 他に選択肢があろうか。アウトプットの標準化、すなわちアウトプットを的確に判断してもっていく、という以外に方法はない。他にあるとすれば、どういうことを行うかということに対するルールを作っていく、ということだが、それは過去にやってきたことで、それは成功しなかったことではないか。多くの国では、それが今後進んでいくべき道だとは考えないと思う。確かに、ターゲットを選定すること、アウトプットをコントロールすることは難しいことだし、そうすることによって逆にこうしたシステムを逆利用するという危険も出てくるかもしれないが、こういうシステムを発展させようとする試みが、将来的にも進歩していくということになるのではないかと自分は考えている。

問11 アウトカムではなく、アウトプットで判断するのか。
答 民主主義の世の中では、政府が政策を決める。その政策がいいのか悪いのか、その政策によって出てきたアウトカムをマネージャーレベルの人達にアカウンタブルにさせるというのは不公平(not Fair)である。ただ、マネージャーレベルの人達がそれをどう実行したのか、というアウトプットを計ることはできる。だからアウトカムではなく、アウトプットを使った。
1980 年代のニュージーランドにおけるリフォームの中では、これをはっきり区別していた。大臣にはアウトカムを、公務員にはアウトプットを用いて判断していた。

問12 日本では、どこの省庁もアウトカム志向なのだが・・・。
答 アウトカム、アウトカムと言っていると、システムの逆利用になる。アウトカムの責任を下におろすと言うことになる。同時にこれは、政治家にとっては非常にアッピールしやすくなる。

問13 英国ではサッチャー首相が「民営化」を進めたが、NPM の中で「民営化」をどのように位置付けているか。
答 英国の民営化はサッチャー首相の前から行われている。最初に行われた大々的な民営化は、1970 年代、労働党政権時代の「British Petroleum Company(BP)」の民営化だろう。その後、1980 年代に入って保守党政権となって、それを広げていき、1984 年に電話会社が民営化されたのもその1 つである。自分は、中心になるのはあくまでパブリックの中で仕事をどうコントロールするか、であって、その方法がNPM である、と考えている。NPM は「民営化」等から自由であるべきと思っているが、NPM の中に「民営化」がからんでくるのはあり得る状態だろう。

問14 NPM の中にいろいろなものを持ち込んで、それをNPM であるとして議論してきたきらいがあるが、教授の考えは違う、と理解してよいか。
答 NPM にどのようなことを持ち込もうと、それはその人の考え方である。しかしこういうことは言えると思う。どういうものを特定してアウトプットをコントロールしたいか、それを確実に見極めることが出来るのであれば、それは必ずしも公共の団体によって行われなくとも良いのではないか。
例えば、イギリス、アメリカとオーストラリアには、官営ではない私営の刑務所がある。この刑務所の所長が看守に責任を与えればアウトプットの責任をそこに置くことができる。イギリスでは、むしろ私営の刑務所がアウトプットのインディケーターを作って、それがパブリックの方にも使われている。自分の中でしっかり見極めることができるのであれば、他の人達がそれを使っていくマーケットのレベルで使っていくことはできると思う。

問15 ポストNPM という言葉があるが、どう思うか。
答 NPM は、どこの国でもまだ終っていない。例えばフランスは、昨年ようやくNPM をやろうと言って腰をあげたところである。確かにいろいろなところでポストNPM という言葉が使われているが、将来的にどうなるかと言うと、自分の考えでは、アウトプット・インディケーターから離れるということはないと思う。しかしターゲットシステムについては、いろいろと悪い面もあるので、どうなるかわからない、あるいはなくなるかもしれない。

*1:1991 年に新しい行政改革の動きをNPM という言葉で整理した同教授の論文が出されているところから、わが国では、1991 年をNPM という言葉の嚆矢としている本や論文が多いが、同教授によれば、自分が言い出したのは1989年であった、とのことであった。

*2:

Public Management Reform: A Comparative Analysis

Public Management Reform: A Comparative Analysis

*3:

Public Management: Institutional Renewal for the Twenty-First Century (RESEARCH IN PUBLIC POLICY ANALYSIS AND MANAGEMENT)

Public Management: Institutional Renewal for the Twenty-First Century (RESEARCH IN PUBLIC POLICY ANALYSIS AND MANAGEMENT)