エピデミック

一気に読みました。大変面白い小説。

東京近郊、農業と漁業の町、崎浜。二月に花の咲きほこる常春の集落で、重症化するインフルエンザ患者が続出?現場に入った国立集団感染予防管理センター実地疫学隊隊員・島袋ケイトは、ただならぬ気配を感じていた。果たしてこれはインフルエンザなのか?ケイトは、総合病院の高柳医師、保健所所員の小堺らと、症例の多発地区に向かう。重症患者が爆発的に増え、死者が出はじめても、特定されない感染源。恐怖に陥った人々は、住民を感染地区に閉じこめ、封鎖をはじめた。ケイトは娘を母に預け、人類未到の災厄を封じこめるため、集団感染のただ中に飛びこんだ―。

疫学をもとに特定できない感染病を解明していくスリリングな小説。徐々に増え続ける患者がいる中で、「時間・場所・人」という観点から感染の「元栓」を特定していこうとする。実験によって理論的にウイルスを特定していくのとは異なりあくまで「真の要因の推定」のための疫学なので、周りの医者や行政関係者には認識されていない中、必死になって動いている記述には引き込まれました。このような事件が起こったときの行政機関の対応(市、県、国)についてもそれなりにリアリティのある書き方で書かれており、違和感なく読めました。
やはり何が怖いって「何が原因なのかがわからない」ということで、その中での人間の疑心暗鬼とパニックは怖いなと本書を読んであらためて思いました。
今回川端氏の本をはじめて読んだのですが、本書以外にもサイエンス分野の小説が多いみたいですね。著者のプロフィールによると東大の科学史・科学哲学史専攻とあるのですが、確かに本書でも科学史の知識がふんだんに入っており、単純な疫学史という観点からも勉強になりました。
あと面白い表現だなというのは下記のやりとりの記述。

棋理は少々、憮然としたふうで立ち上がり、指先の砂を払った。
「ところで、きみたちはホッブスは読んだ?」
「読んでません」ケイトは即座に答えた。
「『リヴァイアサン』でしたら、妙訳ですが学生時代に・・・」少し遅れて赤坂。
「さすがに、記者クンは文系の教養ならあるね。島袋クンは高校で習わなかった?万人の万人に対する闘争ってさ。今、ウイルスとわれわれの関係は、おそらく、まさにそれ、なのだよ・・・・ホッブスはこの無秩序な闘争の状態に、同じくヨブ記に登場する陸の怪物ビヒモスを当てた。そして、ビヒモスが跋扈する世の中は困るということで、解決策として持ち出してきたのが、抗いがたい権力による統治だ。こちらが怪物リヴァイアサン。つまり、我々、エピは集団感染の現場において、病原体を統御する権力たり得るかが問題なのだね−−」(p.213-214)

本書は著書のブログによるタイトルが「リヴァイアサン」だったこともあり、随所にリヴァイアサンについての記述もでてきています。

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